裁判の間違いを伝えるために
騎馬民族ガル・バの白馬のクノイチ、義足のクノイチ、歌の得意なオモイカネ
の3人はネル・ガの森へとやってきた。
アル・ルとネル・ガは交流があった。
遊牧民のアル・ルが季節に応じて移動する中、川を挟んで隣接するネル・ガの森へと近づく時期がある。
その時にネル・ガからは薬を、アル・ルからはバターやチーズを交換するのだ。
歌の得意なオモイカネも、その時期にここへとやってきた事がある。
好奇心旺盛な当時の3人のオモイカネは、こっそりとネル・ガの森に侵入した事がある。
しかし森に迷い、身動きが取れなくなったところを助けてくれた人がいた。
闇の中から現れた包帯を巻いたネル・ガの人は右手のみで3人を助けた。
別れ際に、お礼がしたいというと
「礼はいらない。しかし、いつかまたこの森へ来た時私がすでにいなければ、毒王の力になってあげて欲しい」
と、言って毒王の特徴を教えてくれた。
他の2人のオモイカネが双子と共に旅に出た後、
歌の得意なオモイカネは、3人の中で最初に生まれたという事を気遣い他の2人が先に旅立つのを見届けた後、
しばらくは他のクノイチと共にアル・ルに残り季節移動に合わせて過ごし
ネル・ガの森へと近づいたこの時期にアル・ルを離れた。
歌の得意なオモイカネは、包帯の人を探した。
しかしいつか来た時とは違い、あの狂気を孕んだ魔の森は鎮まりかえっていた。
このまま進めば深部へとたどり着く、冥府へ続くとされる大穴へ・・・
森を抜けるとそこには傷付き倒れた毒王と数人のクノイチの姿があった。
間もなくして数人のクノイチは息を引き取った。
毒王も重症で、その手に持つ剣は折れていた。
歌の得意なオモイカネは毒王の手当を行った。
毒王が回復したところで包帯の人の居場所を聞くと、毒王のために死んだ事を聞き
また、現状も知った。
ネル・ガの毒王となったものは冥府に行く必要がある。
その冥府の最深部にある九頭龍を封印する扉の鍵を手に入れて、真の冥府の守り人の長、毒王となれるのだ。
しかし、その最深部にたどり着くまでの道のりは険しく、
特にティンダロスの猟犬と呼ばれる怪物のいる空間を通り抜けるのは至難とされている。
月に一度、新月の夜にだけ冥府は開き、行く事ができるのだ。
今回は失敗に終わったため、また1ヶ月後に行く必要がある。
最愛のパートナーを亡くし、ネル・ガの精鋭も死んだ今、毒王の道のりはさらに厳しいものになっていた。
歌の得意なオモイカネは
「また来た時にその包帯の人がいなければ。毒王の力になると約束しました」
と、自分も共に行く事を伝え、白馬のクノイチを外に連れ出し、裁判の件はこの問題が解決してからにして欲しいと頼んだ。
だが、白馬のクノイチは言った。
「オモイカネであれば、もはやこの冥府の守り人をする必要もなくなる。
それにこの問題はタジカラヲとクノイチの問題であって、オモイカネのお前が関わる事じゃない。
タジカラヲの事はタジカラヲに、クノイチの事はクノイチに任せて置けばいいのだ。
オモイカネがこのような危険をおかす必要は無い」
歌の得意なオモイカネは言った。
「それではオモイカネとはただの都合のいい性別に成り下がってしまうではありませんか!
ある時はタジカラヲのようにふるまってみたかと思いきや、ある時はそれはタジカラヲの仕事だといい、
ある時はクノイチのようにふるまってみたかと思いきや、またある時はそれはクノイチの仕事だという。
なら、オモイカネとは一体なんなのですか?
状況に合わせて自分に都合のいい性別を選べるのであれば、そんなものは性別ではない!
そんな事をしていたらオモイカネが性別ではなくなってしまうではないか!
その道を選んだ時、オモイカネは性別と共に尊厳をも失い、あとは自分に都合よく生きるだけ。
そんな生き方はまっぴらだ!
私を誰と思いかね?
私はオモイカネだ、オモイカネはオモイカネであり、オモイカネの道を行く!
そして、タジカラヲとクノイチ、どちらの思いをも兼ねる者。
ゆえに、タジカラヲとクノイチが背負う苦しみも喜んで背負おうではないか!
どちらの困難も背負う、その代わり、どちらの幸せも堂々と謳歌させてもらう。
それがオモイカネの行く道だ!」
ネルガの森にオモイカネの覚悟が轟いた。
歌い手の思いは、この森中に響き渡っていたのだ。
毒王が現れこう言った。
「聞こえたよ、では、オモイカネで足りないものはタジカラヲが支えよう。
代わりにタジカラヲも堂々と支えてもらう、私はタジカラヲで生きた道を悔やんではいない、今では誇りだ」
そして二つの方向から、旅を経てネル・ガへとやってきたオモイカネ達が現れた。
演奏の得意なオモイカネ「いい歌にはいい演奏が必要だろ」
踊りの得意なオモイカネ「いい音楽には踊りを添えよう」
涙ボクロの可愛らしいクノイチ「危ない時は壁になり」
涙ボクロの愛くるしいクノイチ「嫌な奴は蟻地獄に沈めてやる」
元王族のクノイチ「私は何もできません」
エンリ帝国のチャラいカネ「守ってやるって、予約入れただろ?」
元エア王国軍人のクノイチ「警護は私だ」
白馬のクノイチ「警護がいるなら、私は警備に回ろう」
義足のクノイチ「急いでる時は任せてね!」
かつてイシュターのタジカラヲ「では・・・次の新月に・・・」
歌の得意なオモイカネ「九頭龍を封じる冥府へ」
新月の暗闇にオーロラが差し込んだ
ここに運命に導かれし11人の仲間が揃った
オーロラの光の下に鍛冶師が現れ
「冥府に行くならそれ相応の武器がいるだろ」と言った。
鍛冶師を待ち望んだ者が歓迎したかと思った瞬間
「オヤジ・・・家族を捨てた奴が偉そうに仕切るな!あんたが関わるなら私は降りる!」
と、元エア王国軍人のクノイチは叫んだ。
毒王は呟いた。
「え~・・・せっかくいい感じでまとまってたのに・・・・・・・」