第19章 火力船

王族誘拐犯として国際指名手配された、
チャラいオモイカネ、元エア王国の軍人のクノイチ、
演奏の得意なオモイカネ、涙ボクロの愛くるしいクノイチの4人に加え、
自由の身となった元エア王国の王族のクノイチはエア王国を脱出すべく国境を目指していた。

しかし国境の峠に着いたはいいが警備は厚く、
隣に流れる巨大な運河では渡り切る前に狙われてしまう恐れがあり、
北回りではティアマー連峰のため氷の山越えができる装備ではない。
立往生の5人であったが、峠と運河の接する場所に造船所を見つけた。

エア王国は、北はレインボーライン、南は運河を通って世界をも制するために動いていたのだ。

完成間近の縦帆船を見たチャラいオモイカネは「この船を頂こう」と提案した。
完成間近ではあるが、あとは塗装や内部の整備といったところで、
運航のみであれば問題無く使える事を見抜いたのだ。

 

もちろん反対したのは元軍人のクノイチである。
「それは窃盗だ!」
との指摘には

「ちょっと借りるだけだから、後で返せば問題無い」
との問答が続く中、元王族のクノイチは言った。

「皆が誘拐犯という事は、私はまだエア王国の王族という事。
であれば私にはエア王国の船を借りる権利がある、ちょっとだけ借りて、また返しにきましょう」
という論理で解決した。

だが、気になるのは、並びに造船中の船がある事だが
その船はさらに大きく重厚感があり、
何より不可解なのは、巨大な柱は立ってはいるが、帆は無く、マストというよりも巨大な煙突であった。
チャラいオモイカネが中に侵入し船室を見渡していると、警備に見つかってしまい、すぐさま縦帆船に乗って出航した。

『借りた船』は運河を進み、すぐに三差路に別れているところに出た。
右はギル・ガへと続く大陸唯一の塩湖、ナンム海。
左は大陸の全ての国に繋がる回遊運河であり、最初に着くのは中央にあるネル・ガである。

演奏の得意なオモイカネは
「ネル・ガへ行こう、仲間と合流できる」
と言い、チャラいオモイカネは取り舵を切った。

すばらく進むと涙ボクロの愛くるしいクノイチは聞いた。
「ねえ、なんか遅くない?もっと早く進まないの?」
「風が弱い上に向かい風なんだ」
「神テクを使えばいいじゃない」
「僕の神テクは基本、クノイチにしか使わない」

と、その時、後ろから船が追ってきた。

 

「バカな、運航できる船は他になかったはずだ」
とマストに登って船を確認すると、それはあの巨大で重厚感があり帆の無い船だった。
柱からは煙を上げ、風上に向かってどんどん進んでくる。

元軍人のクノイチは言った。
「火力船だ、噂には聞いていたが、ここまでとは・・・
海中でスクリューという羽を回し、風が無くとも進むと聞いた。
そして、その羽を回す動力は、中で大勢のクノイチ達による火力で動いている」

「こんな船が何隻も作られたら、レインボーラインはエア王国の物になってしまうな・・・」
と呟いたチャラいオモイカネは冷静に舵を切りながら進む。

「なんでそんな冷静なんだよ!追い付かれるじゃん!」
と騒ぐ涙ボクロの愛くるしいクノイチ。

「すまないが少しだけあいつらの相手をしてくれ、一瞬追い付かれるが、すぐに引き離すから」
次の瞬間、追い付かれ船尾に火力戦がぶつかった。
乗り込んで来る海兵を食い止める元軍人のクノイチ。

チャラいオモイカネは指示を出した。
「ロープで火力船の船首とこちらの船尾を繋いでくれ!」
演奏の得意なオモイカネすぐにはロープで船と船を結ぼうとした。

「なんで結ぶんだよ!逃げられないじゃん!」
騒ぐ涙ボクロの愛くるしいクノイチ。

無防備にも懸命に結びながら「プロの仕事に素人が・・・」と演奏の得意なオモイカネは言うと
「素人が口を挟むな、黙って見てろってんでしょ?うるせえバカ野郎!」
と演奏の得意なオモイカネの背後に迫る海兵に砂をぶちかました。

「いいね、その砂!合図をしたらありったけぶちかましてくれ!」
「海兵が多い!もう持たないぞ!」
「今だ!ロープを切れ!」

いつのまにか風向きが代わり追い風になっていた。
縛られた状態で風を受けた船のロープを切ると、船は一気に加速した。
「今だ!ありったけぶちかませ!」

涙ボクロの愛くるしいクノイチはありったけの砂をぶちかました事でさらに船は加速し、
火力船を引き離した。

「これで逃げられる?」
と尋ねる元王族のクノイチ。

「まさか、怒って全速力で追ってくるだろうね」
と答えるチャラいオモイカネ。

「追いかけてきたぞ!さっきよりも早い」
「こっちも全速力!!!」
と涙ボクロの愛くるしいクノイチが命令すると

「いや、7割程度だ」
と答えるチャラいオモイカネ。

「なんでだよ!」
とブチ切れる涙ボクロの愛くるしいクノイチ。

「おい、左の岸に流されてないか?風向きか?」
と叫ぶ元軍人のクノイチ。

「そうだねえ、ここら辺が潮時だろうねえ」
と冷静に答えるチャラいオモイカネ。

「てめえ!ふざけんなチャラいカネ!」
とブチ切れる涙ボクロの愛くるしいクノイチ。

「何かピッタリの演奏を頼むよ」
というチャラいカネの指示に応えて緊迫感のある演奏をするオモイカネ。

真後ろに迫る火力船。
目の前には岸、後ろには火力船。

「潮時だ!みんなつかまってて!全速力!面舵いっぱい!」

7割の速さの船が10割となり、右側へかわすように急旋回し
最高速で追いかけていた火力船はそのまま岸に激突し座礁した。

 

「神かよ!ヒョー!カミいカネすっげー!」
と叫ぶ涙ボクロの愛くるしいクノイチ。

「さっきチャラいカネって言ってなかった?」
と聞くチャラいカネ。

「追い込まれていたのは向こう側だったのか」
と言う元軍人のクノイチ。

「君は僕を信用しているみたいだね」
と演奏の得意なオモイカネに聞くと

「ああ、君がピンチを装う時は必ず何かを企んでいるんだ、その性格の悪さを信用している。
故郷には、こんなに役者を振り回すような演出家はいなかったからね、勉強になるよ」
と演奏の得意なオモイカネは答えた。

「ギャップだよ、ギャップ。モテルための秘訣、演出さ。」
とチャラいカネは言うと、全速力でネル・ガへと向かった。

こうして5人はエア王国の脱出に成功したのである。