第21章 仕事の責任

愛の反対は憎悪である、と言った人がいる。
そして、その愛が憎悪へと変えるのは裏切りである、と言った人がいる。

人間とは知識と経験があれば対応ができるものだ。
これまでの判例により「この場合はこういう可能性がある」と、想像ができるのだ。

例えば恋愛もそうだろう。
恋愛経験の乏しい者が初恋の相手に振られた時、浮気をされた時、その愛は憎悪へと変わるかもしれない。
憎悪とまでは言わないまでも、好きが嫌いに変わるかもしれない。
なぜ感情がそこまで180度変わるのか。
それは知識が伴っていない、または知識はあっても経験が伴っていないからだ。
恋愛経験が多少なりともあれば原因はいくらでも想像できる。

例えば、その浮気が初めてのものであれば相手には何かしらの罪悪感などが発生し、態度で分かるだろう。
その異変を見抜けないのであれば、やはり経験が乏しいと言わざるを得ない。
そして、もしその浮気が慣れているのではあれば、
その相手は「そもそもとして浮気をする人間」なのだから仕方が無いのではなかろうか。
「まさか、あんなに真面目で純粋な人がそんな人だったなんて・・・」
と嘆いたところで意味の無い事である。
なぜならば、「そんな真面目で純粋な人」などは最初から存在しなかったのだから。
「ビッチな人」が「真面目で純粋な人」を演じていただけなのである。

むしろ最初から「人間は浮気するものだ」と割り切り、
そして「人間はいつかはお別れするものだ」かつ「そのお別れは時には理不尽で辛いものだ」と、
理解と覚悟をした上で人との関係を築いていけば、少なくとも愛が憎悪へと変わる事は無い。

 

今は恋愛で例えたが、それが子供と親の関係であればどうだろう。
子供と親の関係とは本来一度限りのものである。
何度も親に裏切られているから慣れている、
という子供は少なからずいるかもしれないが、稀ではなかろうか。
裏切られた子供の恨みとは計り知れないものがあるだろう。
だが、その裏切りに何か理由があったとすればどうだろうか。
その理由を理解できるにはどのような知識と経験を積めばよいのだろうか。
それはやはり自身が大人になり、仕事をしないと分からないものなのかもしれない。
なぜならば、その仕事の責任とは、その仕事をした事が無い者には分からないのだから。

 

「オヤジ・・・家族を捨てた奴が偉そうに仕切るな!あんたが関わるなら私は降りる!」
と、元エア王国軍人のクノイチは叫んだ時、空に輝いていたオーロラは薄れ、哀しく揺らいでいた。

鍛冶師は言った。
「よお、元気そうじゃねーか、ちゃんと飯食ってるか?」

火に油である。

「ふざけるな!あんたが出て行ってから、どれだけ苦労したと思っている!
食うに食えない生活をどれだけしたと思っている!」

と元軍人のクノイチは叫び、切りかかり、鍛冶師は自身の剣で受け止めてこう言った。

「いい腕だ」

「いつか貴様を殺す一心で磨いた腕だからな!」

「いやいや、その剣が、だよ」

「宮廷鍛冶師からもらった剣だ、幾度となく私を救ったと同時に何人もの罪人を裁いてきた剣だ!
罪人は罰せられるべきだろう、王族を危険にさらした罪は、その家族にまで及んだ!」

「遺伝だなあ、親子揃って王族を危険に晒すとはなあ、王族誘拐犯どの」

「貴様に私の仕事の何が分かる!」

「困ったなあ、おい、弟子、助けてくれ」

と、踊りの得意なオモイカネに頼ったが
「いえ、家族の問題は家族で解決するのが筋かと。部外者が口を挟むのはぶしつけというものです」
と、断られた。

「なんだよ~、理由知ってるくせに~」

「それをご自分の口から言うべきかと・・・」

「自分で言わないからいいんじゃないか」

「職人(しょくにん)気質(かたぎ)というのは面倒な一面もありますね・・・」

「問答無用!」
と、八つ裂きにせんばかりの猛攻が続く中、止めに入ったのは元王族のクノイチであった。
その身を剣の前にさらして。

「私は部外者というわけではありません、王族内で起こった事件については知っています。
私には説明義務があるでしょう。かつてのエア王国、宮廷鍛冶師。
しかし、王族に差し出された試し切りで折れた剣は、あなたが作ったものではなくその弟子が作ったものでしたね」

「あの時はまだ、のれん分けしたわけじゃないからな、俺が作ったも同然さ、
俺の作った見せかけだけの脆い剣が王族の片目を奪ったのさ」

踊りの得意なオモイカネが口を開いた。
「いつの時代も人は見てくれに騙される。本物かどうかは音を聞けば分かるもんだ。
王族が選んだのはその見せかけの剣だったんですよ。選んだ者にも責任があるとは思いますが」

「いや、作った奴の責任さ、客に責任押し付けるなんざ職人失格だ、
客の節穴すらも読み切って作ってなんぼよ・・・・・
飾りの気にする奴だったからなあ、剣が折れた時、使う者の心も折れる。
剣はまず折れない事が第一だってのによ、俺も未熟だったのさ」

「そしてあなたは全ての責任を背負い、宮廷を去った」

「ま、おかげで今は折れない剣になったみたいで良かったんじゃねーの?」

「どういう意味だ?」
元軍人のクノイチが訪ねると鍛冶師は答えた。

「そいつが、誰が作ったかなんて、感触で分かるってもんだ」

「まさか・・・」

王族のクノイチは答えた。
「あなたの剣は、その弟子の鍛冶師が作ったものです」

踊りの得意なオモイカネは言った。
「何人もの罪人を裁いたとありましたが、その鍛冶師が、兄弟子が本当に裁いて欲しかったのは
自分自身だったのでしょうね。ゆえにあなたに託した。空を切るその音はとても哀しい音でした。」

鍛冶師は言った。
「不器用な奴だ、自分の口で言えばいいのによ」

「あなたがそれを言いますか・・・」
と、踊りの得意なオモイカネは突っ込んだ。

チャラいカネは言った。
「一つ聞きたいんだけどさ、宮廷警護って選ばれないとなれないもんだろ?
君を推薦した人とかっているのかい?」

元軍人のクノイチは言った。
「・・・その宮廷鍛冶師だ・・・」

「やっぱりなあ、そういう気がしたんだよね・・・・・部外者からは以上です」
と、チャラいカネは引っ込んだ。

演奏の得意なオモイカネは言った。
「作者が罪を犯しても、作品に罪はありません。
また、親が罪を犯しても、子供に罪はありません。
もし親の罪が子供にまで波状するのであれば、それは結局、そんな社会に問題があるのではないでしょうか?
と、独り言を言ってみました」

元軍人のクノイチはつぶやいた。
「エア王国とは・・・そんな社会なんだ・・・そういう国なんだ」

鍛冶師は言った。
「ま、そんな国でもちゃんと仕事してんじゃねーか、立派立派」

元軍人のクノイチは言った。
「私は・・・自分の職務を放棄したりはしない・・・仕事の責任は・・・最後まで果たす・・・」

涙ボクロの可愛らしいクノイチは言った。
「親子っていいなあ、私も子供欲しいなあ」
「今、そういう話じゃないから」
と、踊りの得意なオモイカネは突っ込んだ。

毒王は口を開いた。
「鍛冶師よ、来て頂いて感謝する。やはりあなたの力が必要だった」
と折れた剣を見せた。

「お前さん、本当は左利きだろ?」
と、鍛冶師は尋ねた。

「ネル・ガは左利きを好まない文化なので直した」

「じゃあ両利きって事だな、作ってやるよ、左右対になる剣をな」

「師匠、手伝います」

そこへ、チャラいカネが言った。
「次の新月まであと1ヶ月あるなら、それぞれの時間を有効に使った方がいい。
エア王国は火力で進む船を作り出した。
あれが何隻も作られたらエンリ帝国艦隊でも壊滅は避けられない。
僕はこのまま南へ行き、イシュター経由でエンリ帝国へと報告をしてから戻る。
火力船と同じ構造の物が、例えば戦車となって陸上にも表れたら、世界の均衡は崩れる。
そして、その進行の速さは予想以上だと思う。
どこまで、どんな風にかまでは分からないが、確実に世界の構図が変わってしまうだろう」

毒王は言った。
「危険だが、知る方法がある」

と言ってティアマー連峰を越えれば未来に行ける話を皆に伝えた。

そこへ義足のクノイチが名乗り出た。
「ならその役目は世界一速い私に任せて!」

毒王は言った。
「行くのはいいが、世界一速い者は他にいる、そこだけは賛同しかねる」

カチンと来た義足のクノイチは聞いた。
「どのくらい速いか証明できるの?」

毒王は答えた。
「レースが始まって10秒で100人のライバルを10分の1に減らす程に凄まじい速さだった」

義足のクノイチは言った
「100人の10分の1って事は、10人でしょ?10人なら私も抜ける」

歌の得意なオモイカネは言った。
「違うよ、100人が10分の1に減ったんだから、90人だ。
90人減らして、残ったのが10人だ」

「10秒で・・・100人を・・・10人に・・・」
義足のクノイチは唖然とした。

毒王は言った。
「そいつのおかげで私は毒王になれた。あいつは世界一速かった。
そしてその記憶が薄れる事はないだろう」

義足のクノイチは燃えた。
「なら、あなたを認めさせるくらいに速ければいいのね。その記憶、私が更新して見せる!」

といって、義足のクノイチは大地に両手を付き、腰を上げてティアマー連峰へと走った。

王族のクノイチは言った。
「エンリ帝国に行くのであれば、玉への説明は私がします。」

「では、私も」
と元軍人のクノイチが言うと、

「なりません、この話は自国の警護を伴ってする話ではありません、
己だけ安全な状態で相手に真意を伝える事などなぜできましょうか?
あなたはここに残って親の仕事を見届けるべきです、エア王国の王族としてそれを命じます。」
と、王族のクノイチは言った。

「と、いうわけ、警護は僕がおこなうよ」
とチャラいカネが言うと。

「それが一番危険だと言ってるんだ!」
と元軍人のクノイチは憤ったが、王族の命令なので受け入れるしかなかった。

「じゃあイシュターを通るなら僕がサポートに回るね」
と、演奏の得意なオモイカネが言うと。
「え~、またあそこを通るの?まあ、ここで虫に刺されるよりマシだけど」
と涙ボクロの愛くるしいクノイチは呟いた。

「では、私はガル・バへと行き、騎馬隊を連れて来よう。冥府へ行く間、ネル・ガの森を周囲から援護する」
と白馬のクノイチは歌の得意なオモイカネと共にガル・バへと向かった。

こうしてこの地に集った者達はぞれぞれの役目を果たすために再び散っていった。

次の新月まで・・・あと1ヶ月・・・