第12章 造形部族 遊牧民 アル・ル

この大地の西方に位置するユーフ砂漠の北には、乾燥地帯アッカステップがある。
このアッカステップは羊や牛を飼いながら季節に応じて移動する遊牧民アル・ルが治めている。
他部族と交易をせずに時給自足の生活を送るアル・ルにはもう一つ特徴があった。
岩石を支配するアル・ルは、岩石を使った造形をおこなう芸術部族でもあったのだ。

その中でも創造性、独創性に優れたオモイカネがいた。

中立地満月島で育ったそのオモイカネは成人後しばらくは子供達に美術の先生をしたあと
世界を旅し、この地に行き着いた。
子供の頃から想像力に優れ、様々な遊びを考案してきたオモイカネが芸術部族に出逢ったのは
神の意志通りであったといえる。
これまでのアル・ルの造形は一つの岩石を加工して自然や生き物を表す造形であったが
このオモイカネはアル・ルが加工する複数の岩石を指示し、様々な配置に置く事で空間を彩った。
一見無造作に見える石の点在も、上空から見れば銀河や山脈、鳥や船を表していた。
そして、ある日、そのオモイカネは発見した。
ラヴィの力を込めた石を、特定の形に並べたり、囲いを作る事で、ラヴィが増幅される事を。

三角形や四角形で囲むと、結界となり内側に大きなエネルギーで満ち溢れる。
縦や横に並べると、隊列となり外側に大きなエネルギーが広がる。

この発見により、これまで以上の芸術の発展になったのはもちろんの事、
生物を大きく育て、癒す事ができ、生活に大きく役立った。
使い方を誤れば他人を攻撃する事にも使えるこの方法は、
交易をせずに自給自足で成り立つアル・ルで生まれたのも神の意志であろうか、他部族は知る術が無い。

結界と隊列は芸術に使われ、いつしかオモイカネは演出家と呼ばれるようになった。

 

時は流れ、その演出家のオモイカネは3人の子供を産む。
オモイカネから生まれた子は、皆、オモイカネである。
なぜならば、生まれ育った環境から、タジカラヲやクノイチのように何かを分けて考える事が無いからだ。
タジカラヲらしく、クノイチらしく、といった偏見は、家族の会話で生まれる事が無い。
自分の意思で、タジカラヲのようにも、クノイチのようにもなれ、どちらでもない考えもできる。
また、生まれた順番で優劣を作る事もない。
力の強い者が弱い者を支える。知識と経験のある者は足りない者を補う。
それぞれが得意な分野で、それを苦手とする者を助ける、それだけの事である。

3人の子供であるオモイカネも同様に、それぞれ芸術特技を持っていた。
一人は歌い、一人は楽器、一人は踊り。
その特技を、演出家である親のオモイカネが指揮し、アル・ルの造形物や空間を使って演じた。
血縁にこだわらないオモイカネにとって、アル・ルは家族であった。

子供達は、演出家である親のオモイカネの言葉を、先生の教えとして受け、育った。

 

「芸術は様々な生物や万物の事柄を表す事ができる仕事だ。
それを演じ、表す表現者はそれらと同等以上の価値ある職業である。
では、逆に、最も価値の無い職業は何か?それは演出家である。
演出家は表に出る事は無い、表された物は全て、表した者による有形の手柄。
演出家が指示した者は全て無形である以上、価値を付ける事ができない、ゆえに無価値である。
そもそもとして、表現者が全て自分でおこなえるのであれば、演出家などは必要が無い。
皆が自分で演出をできるのであれば、言葉や文字の神髄を理解できるのであれば、演出家などは必要が無いのだ。
しかし、表現者は自らが専門とする特技を磨く事で精一杯な時があるし、そんな人もいる。
そんな時に、代わりに調べ、常に全てを学ぶ者がいれば、表現者の支えとなれる時がある。
それが演出家だ。

知識と経験のある者は足りない者を補う、それだけの事であるがゆえに
演出家の仕事とはそれだけの事なのだ。
ゆえに、全ての表現者は演出家であれ。
そのために私は助力し続ける。
そして、全ての表現者が演出家と成った時、本当の意味で演出家という仕事は不要になる。
いつかその日が来る事を私は願っている」

 

この教えに子供達は尋ねた

「その日が来たら、先生はどうされるのですか?」

演出家は答えた。

「寝る。ゆっくり寝て過ごす」

すると子供達は笑いながらこう答えた。

「では、必要な時が来たら起こしますね」

寒い冬の時期、焚火を囲み、語り合ったある日の出来事である。

 

冬を越え、春の訪れ
眠っていた草花が再び目を覚ましたある日
風と共に一人のクノイチがやってきた。

そのクノイチの右足は鋼鉄の義足をしていた。

それを見た3人のオモイカネの子供達は興奮し、声を上げた。
「カッコいい!」
クノイチとオモイカネが打ち解けるのに時間はかからなかった。

様々な遊びで楽しみ、走り、飛び、より早く、より高く、競い合った。

4人で走っていた時、たまたま3人の子供達の歩幅、速さに合わせた時に出来上がった並びとなった時、不思議な力が発動した。

隊列(LINE)である。

遊び心を持つ4人によって、たまたま生まれた不揃いの列
四列 クアドラプル  ~スクナヒコナ~
が発動したのだ。

4人の速さは高まり、一体となってアッカステップを駆け抜けた。

隊列(LINE)の存在を知ったクノイチは
鋼鉄の右足を鍛えるために演出家から指示を仰ぐこととなる。

 

渇きを潤す長雨の時期が過ぎ、乾燥地帯の草も生い茂る。

芸術の概念を得ながらも右足を鍛えるクノイチの馳せる格好もより美しくなっていった。

いつもの訓練の後に、一杯の水をさし出すアル・ルのクノイチの姿があった。
見つめ合う二人をからかう3人のオモイカネの子供達。

アル・ルのクノイチは咳き込みながら、距離を取った。
その子は病に侵されていた。

その夜、咳は激しくなっていく。

演出家のオモイカネは癒しの力を使ったが、治まる気配が無い。
治癒の力も届かぬ深い場所に寄生した病魔がアル・ルのクノイチを苦しめた。

3人のオモイカネの子供達が己の無力を嘆く中
親のオモイカネは治癒を高める秘宝の手がかりを教えた。

南に広がるユーフ砂漠に眠る古代遺跡。
その遺跡はオモイカネの秘宝が眠る場所とされる。

遺跡を守る砂漠の民 ムシュ・バを説得すればオモイカネの秘宝にたどり着けるかもしれないと。

義足のクノイチと3人のオモイカネの子供達はユーフ砂漠へ向かうが、それは危険の伴う事だった。
危険なのは砂漠の事ではない、ムシュ・バには部族内で別れた幾つもの武装集団が存在する。

エア王国の無責任な政策によって貧困化したムシュ・バの中から発生し
タジカラヲのみで形成された過激派集団である。
演出家のオモイカネは手当で動くことができない中
クノイチとオモイカネの4人はユーフ砂漠へと足を踏み入れた。

病魔は刻々と、アル・ルのクノイチの命を削っていく。
残された時間は7日間であった。