第9章 鍛冶の一族

龍の大地の西に位置する鉱山は、鉄を支配し武器を生み出す鍛冶の一族 ギル・ガが治めている。
まず、この世界で流通している貨幣は、金貨・銀貨・銅貨の3種類。
そこに鉄貨というものは存在しないため、鉱山で取れる鉄は貨幣にはならない。
よってギル・ガは加工し武器となった鉄を他国へ売る事で貨幣を得ていたが、ギル・ガは知っていた。
この世で最も価値の無いものは金である、という事を。

金というものは加工しても実用できない。
武器にするには柔らかく、重い。
しかし、ただそこにあるだけで価値がある。
さらに言えば、金がそこにあるらしい、という仮想の話であっても、
皆がそう思っているのであれば仮想の金でも価値がある・・・のに重ねていうが、実用性は全くない。

そして銀は金よりももう少し使い道があるが、銅はさらに実用性がある。
そして銅よりもさらに、加工次第で価値が高まるのは鉄なのである。

また人間も例えるなら金や鉄のようなものである、と悟っていた。

王や英雄は金である。
名声が高まるとそれだけで多くの人があやかる。
英雄がそこに行けば国民は一目見ようと集まり、結果、物が売れる。
しかしその英雄は、そこにいてこそ価値がある。
価値があると思っている人がいるから価値がある。
ゆえに英雄は皆が英雄と思っているから英雄であり、その英雄は日常の中では実用性が無いのだ。
まさに金である。
人間が金に価値を感じる以上、金の価値は不変であろう。

そして鉄は、価値が無い。
「鉄の塊を買ってください」と置いたところで買う人はいない。
同様に、街中で「何もしませんが私を買ってください」と売り込んで買う者はいない。
しかし自らの特技を鍛え上げれば買い手はいる。
「料理ができます」「楽器を弾けます」「家を作れます」「用心棒になります」
と、それぞれの特技を磨けば価値が上がる。

まさに人間の成長過程は鉄の加工のようである。

 

ギル・ガはその鉄を支配する力を持つ、鍛冶の一族だ。

鉄を加工し、武器を生み、鍛え、売る。

そのギル・ガは、南方に位置する部族 ウム・ダと共存関係にあった。
ウム・ダはマグマを支配する部族で、その地域は温泉が噴き出すため、観光地としても賑わう宿場町だった。
鉄を鍛えるには火入れが必要であり、マグマの力はそれに協力していた。

そのギル・ガとウム・ダの境にある山には、英雄とされる鍛冶師が住んでいた。
その鍛冶師が英雄視される理由は、生み出す武器に魂を吹き込めるからだ。

生み出された武器には魂が宿り、振るう者と一体となる。
武人達の憧れの武器は金以上の価値があったが、その鍛冶師はいつしか作るのを辞めて、隠居したのだ。
最初の頃は純粋に力を鍛える武人が求める武器を作り、武人も腕を磨き、その腕に応える武器を生み出していった。
しかし、時が経つにつれて、その武器の存在が独り歩きし、価値が上がり始めた。
そして、その武器に金を積んででも欲しがる者が現れ続け、さらに価値は上がり
いつしかその武器はなんの技量も無い者が所有し、飾られるだけの存在となった。

以降、自らが生み出す武器は、何を作ってもそうなるため作るのを辞めたのだ。

その鍛冶師の山に迷い込んだ二人のクノイチがいた。
ギル・ガのクノイチと、ウム・ダのクノイチである。

二人は、鍛冶の手伝いも、宿場町の手伝いもせずに、走る事に明け暮れた。
いかに早く、いかに高く飛べるかを競い合う仲だった。
その日二人がゴールに決めたのは、境にある山の頂上である。
その競争の途中、二人は獅子の体と龍の頭を持つ獣に襲われた。

この大地には九頭龍の化身となる獣が存在する。
蛇、トカゲの爬虫類をはじめ、龍の頭を持つ獅子や鷲など、全て、人間を食らう邪龍である。

ギル・ガのクノイチが右足を噛まれ、ウム・ダのクノイチは助けるために右手を噛まれた。
走る事ができないギル・ガのクノイチを守るために、ウム・ダのクノイチは身を挺して戦い続けたが、
その抵抗は虚しいものだった。
ギル・ガのクノイチの右足の損傷は激しく、ウム・ダのクノイチの両手も感覚を失っていった。
その時、一筋の光が通り過ぎた時、邪龍の胴体は真っ二つになっていた。

現れたのは山に住む鍛冶師であった。

命は助かったが、大量の出血のためギル・ガのクノイチは意識を失い、
右足は切断せねばならぬ状況にまで陥っていた。
両手の感覚を失ったウム・ダのクノイチは鍛冶師に申し出た。

「自分の魂を使って、仲間の右足にして欲しい」と。
報酬は世界一速いクノイチになる事だった。
世界を取った後も、飾りにはならずに、生涯走り続ける事を誓った。

鍛冶師はウム・ダのクノイチの魂を、ギル・ガのクノイチの右足に込め、鉄の足を打ち続けた。

ギル・ガのクノイチが目を覚ますと、ウム・ダのクノイチの姿は無かった。
友は自らの右足となっていた。

鍛冶師は右足を鍛える方法を伝えた。
「この世界に存在する力をその足に込めて打ち続ける事で、その右足は強くなっていく」

友の想いに応えるために、ギル・ガのクノイチは街には戻らずに旅立つ事を決めた。

その途中で、獅子の体を持つ邪龍に襲われた。
邪龍の牙をかわすように高く飛びあがると、右足は刃と化し邪龍の胴体を真っ二つに切り裂いた。

クノイチは空の彼方を見つめたあと、大地に両手を付き、腰を上げ、走り出した。