第8章 満たされた死に方

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満たされた生き方とはどのような生き方か?
満たされた死に方とはどのような死に方か?
その答えはその時にならねば分からないのであろう事は分かっているのに。

それでも人はその生き方と死に方を知りたいのである。

ネル・ガの民となったかつてはクノイチのオモイカネと、かつてはオモイカネであったタジカラヲ。
18歳の時、二人は部族の中でも秀でた存在になっていた。

毒王の儀はこの二人によって決まるのでは?と周囲は思っていた。

しかし、それに不満を持つ者もいる。
外からやってきた者がネル・ガの長と嫁になる事など許すわけにはいかない、と。
そのタジカラヲとクノイチは6年後に向けて、新種の毒を練っていた。
6年をかけて育った新種の植物を、儀式のゴールとなる場所に仕込んでいた。

自分達はその毒の耐性を少しずつ付けてゆき、もし毒王の儀に負けても、勝者はその毒で死に至るのだ。

その陰謀をかつてクノイチであったオモイカネは知ってしまい、
狙われたオモイカネは追い詰められた後左腕を切られ、ティアマー連峰へと続く大河へと転落した。

陰謀者のタジカラヲは左腕を持ち帰り、つきつけた。
「ネル・ガを脱走しようとした罰で処刑した。その体は川に流された」

と、またもや運命は二人を引き裂いた。

しかし、左腕を切られたオモイカネは生きていた。
左腕を失い目覚めた先はティアマー連峰のふもとの村であった。

そこでオモイカネは未来へと続く橋の話を知る。
もはやネル・ガには戻れず、また友も補助も受けられずに儀式の途中で殺されるか、勝者となっても新種の毒で死ぬしかないのだ。

オモイカネは6年後の毒王の儀へと向かうために、友の命を救うためにティアマー連峰へと向かった。
そして、番人 マル・ドゥーの試練によって出された氷の山々を登り続けた。
その過程で凍傷により皮膚はただれ、かつての美しい顔も失われていった。
それでも残された右腕を頼りに進み続けた。
右手で掴んだ至険の稜角を超えた時に至る世界。
オモイカネはマル・ドゥーに認められ、未来へと続く橋が現れた。

オモイカネの目的を知ったマル・ドゥーは、未来へ行く者への絶対的な条件を伝えた。
それは「過去から来たものである事を聞かれてはならない」というものだった。

未来の世界で過去の自分を知る者が「オモイカネか?」と聞いた時点で命を失うのだ。

そして、マル・ドゥーは補助のために、そして聞かれぬために、左腕の義手を与え、そのただれた顔を包帯で巻いた。

未来へと続く橋を超えたオモイカネはアプス山脈へと続く門を潜り抜け未来の世界へとたどり着いた。

しかし、その世界は自分が生まれる前の過去の世界であった。

門を監視するガーディアン キン・ドゥー はこう伝えた。
「お前が望んだ世界へと導かれたのだ、ここは過去ではあるが、お前にとっては未来へと続く世界だ」

オモイカネは想い出した。
15歳の頃、ネル・ガの民の中に包帯を巻いた無言のクノイチがいた事を。
そのクノイチは戦には参加せずにタジカラヲを支える生活に従事していた事を。

過去と未来を悟ったオモイカネは、魔の森を抜けて、ネル・ガへと戻る。
15歳からネル・ガで過ごし、馴染んだ風習や文化からネル・ガの民は疑わなかった。
包帯で隠した顔に加え、無言で献身的にネル・ガの生活を支えた。

10年後、イシュターに生まれたオモイカネが、タジカラヲとしてネル・ガにやってきた。
さらに5年後、イシュターに生まれたクノイチが、オモイカネとしてネル・ガにやってきた。
さらに3年後、そのオモイカネが処刑された事を知った。
そして6年後、毒王の儀によって新たな族長が決められるレースが始まる。

かつてイシュターに生まれたタジカラヲの指名の番になった時、手を挙げる者がいない中、右手を上げて無言で補助につく意向を示した。

その包帯のネル・ガは、超人の動きでタジカラヲの補助をおこなった。
数々の妨害を、ラヴィによる驚異的な身体能力で乗り越え、タジカラヲを支えた。
その過程で包帯の一部が剝がれ、ただれた皮膚が露出した。

最後の妨害の刃を左腕で受け、義手は切り落とされた。
そしてタジカラヲに支えられゴールを迎えた瞬間に6年をかけて育った新種の毒草が現れ、猛毒を自ら全身で受けた時、愛を告げた。

すると空には虹が浮かんだ。

かつてイシュターに生まれたタジカラヲは聞いた。

「お前なのか?」

歳を取り、ただれた皮膚を見てもなお、タジカラヲは聞いた。

「お前なのか?」

イシュターで生まれネル・ガの民となり、未来へとやってきたオモイカネの目には涙が溢れた。
そして、未来へ行く者への絶対的な条件が破られた事からその命を失う事になるが、それはとてもゆっくりとした眠りだった。
オモイカネはゆっくりと話した。
「これは・・・新種の・・・毒・・・抗体を・・・私の・・・血で抗体を・・・つけろ・・・」

タジカラヲは自らの口をオモイカネの口につけた。
「これでいいか?」
かつての二人の約束が果たされ、タジカラヲの腕の中、満たされ、ゆっくりと眠りについた。

日は沈み、頬を伝った滴は月明かりに照らされて虹をさし、
空にはオーロラのカーテンが二人を祝福していた。